透析患者さまの
手のトラブルの特徴
透析患者さまの特有な状態
透析を受けていらっしゃる患者さまの場合、透析中に血液を固まりにくくする薬や、動脈硬化に対して血液が流れ易くする薬を使用していることがあります。そのような状況で出血した場合に出血が止まるまでに時間がかかってしまう傾向があります。また、長期にわたって透析をされてきた方の中には、手のしびれや、手指の動きの障害、肩の痛みといった、上肢を中心としたさまざまな問題(透析アミロイドーシス)を抱える方もおられます。このような患者さまに対して、手術を行なう場合に、一般の整形外科では躊躇する傾向があります。
当院の特長
当院は、日本透析学会の教育関連施設であり、また日本手の外科学会の専門医指導基幹病院でもあることから、透析患者さまに生じるさまざまな整形外科的問題、特に次節に示すような手にまつわる問題に対して積極的に取り組んでいます。治療には、内視鏡を使った手術や、小切開による手術を行っており、透析患者さまでも、ごく少量の出血で、シャントに対する影響も少なく治療を行うことができます。 万が一の入院や、短期の透析受け入れもスムーズに行なっております。
手にまつわるトラブル
~手の疾患と
透析アミロイド~
透析アミロイドーシスとは
長期にわたって透析をされてきた方の中に、手のしびれや、手指の動きの障害、肩の痛みといった、上肢を中心としたさまざまな症状が現れる場合があります。この症状は透析アミロイドーシスといわれます。
透析アミロイドーシスが
生じる原因
透析アミロイドーシスは透析アミロイドの蓄積により生じると考えられています。この透析アミロイドはもともと、β2-microglobulin(β2-MG)というタンパク質であり、このβ2-MGの細胞が壊され血液中に流れ出て、腎臓で分解されます。よって、腎臓の機能が悪い状況下では、分解されずに血液中のβ2-MGの濃度が高くなります。またβ2-MGは透析でも完全に除去しきれないため、患者さまの体内において徐々に増え、アミロイド線維となって体内に蓄積していくことになります。このようなプロセスによって、透析アミロイドーシスが発症すると考えられています
透析アミロイドーシス発症
までの期間
透析アミロイドーシスの症状は透析開始から10年で約3割、20年を超えると半数以上に現れるといわれています。
透析によるアミロイドは、時間の経過とともに蓄積するため、症状が悪化することはあっても、自然に軽減することはありません。長期透析患者さまの増加と共に、ますます透析アミロイドーシスによる合併症が問題になってくると考えられています。
アミロイドの沈着によって
おこる手の疾患
代表的な疾患として下記が上げられます。
①「手根管症候群」
②「ばね指」
③「肘部管症候群」
④「手指伸筋腱腱鞘狭窄症」
⑤「肩関節症」
①透析アミロイドによる
手根管症候群
(*手根管とは、手首にある手根骨と横手根靭帯にかこまれたトンネル部分を指し、
その中には指を曲げる屈筋腱という腱と正中神経が通っています)。
手根管症候群の症状・診断
手根管症候群の特徴的な症状とは、透析中における指のしびれ、明け方に手のしびれのよる目覚め、などがあります。しびれるのは親指から薬指までですが、腕全体が痛い、だるいなどの声も聞かれます。自動車のハンドルを長時間握る、または自転車に乗っていると指がしびれてくるという方もいらっしゃいます。また、手根管のある手首の手のひら側を叩くと指先までひびく、という症状もあります。これはTinel徴候といい、特徴的な症状です。
手根管症候群が進行しますと、親指の付け根の筋肉が痩せ、物がつまみにくくなり、ペットボトルのふたが開けられない、など日常生活に支障が出てきます。
確定診断には、正中神経に電気を流して、神経の伝わりを計測して診断します。透析患者さまの場合アミロイドは時間とともに沈着していきますので、自然に軽快することがなく、進行していきます。それゆえ早期に手根管を開放する手術を受けることが望ましいのです。
原因
透析患者さまの場合には、この横手根靭帯にアミロイドが沈着して靭帯が肥厚し、正中神経を圧迫するため親指から薬指までのしびれや痛みが現れ、手根管症候群が発症すると考えられています。
透析を行って10年を超えると手根管症候群の発症頻度が増加するといわれています。また、糖尿病があるとごく早期から症状がみられる場合もあり、症状がある場合には早期に受診をお勧めしています。
治療・手術
透析患者さまの場合、症状は徐々に進行していきますので、早期に手術的に圧迫をとることが必要です。私たちの行っている小切開法では肥厚した横手根靭帯を切開し、正中神経の圧迫を取り除きます。この手術は手のひらを3センチ程度切開して、実際の目で見ながら横手根靭帯を切開します。そして直接神経を確認することができ、手根管が開放されたことを確実に確認でき、神経損傷の危険性がなく、腫瘍が存在した場合などの対処ができ、さらに、時間も15分程度で終了し、出血もほとんどないことなど多くの利点があります。
また内視鏡による開放術もありますが、神経に圧迫をきたすほど狭くなった手根管にカメラを無理に挿入することで、余計に神経を痛めたり、内視鏡ではよけきれない神経を損傷したりする危険性があり、当院では原則行っていません。
②透析アミロイドによる
ばね指
ばね指の症状・診断
指を曲げるときにカクンと引っかかる、又は、まがったまま伸びなくなるなど、指の曲げ伸ばしが困難になります。
原因
手の指を曲げる屈筋腱は腱鞘という腱のトンネルを通っています。この腱鞘というトンネルが狭くなり、屈筋腱が引っ掛かり、指の曲げ伸ばしが困難になるのがばね指です。透析患者さまでは、アミロイドが沈着しこの腱鞘が肥厚して、屈筋腱の動きがひっかかるようになり、指の曲げ伸ばしが困難となります。透析歴が長くなると多く見られるようになり、何本かの指に症状がみられる場合もあります。長い間放置していた場合には、指の関節がかたくなっているため、指の伸びが悪くなってしまう場合があります。
治療・手術
手術は、腱鞘の上を1センチほど切開して、腱がひっかかっている腱鞘を切開します。腱鞘を切開することで指の引っ掛かりはなくなります。何本かの指に同時に症状がみられる場合や、早期に手を使う希望がある場合などには、内視鏡を用いて切開を行います。 内視鏡手術では、約5ミリの切開を二か所において小さなカメラを挿入して腱鞘を切開します。数本の指に同時に行っても侵襲が小さく、出血もほとんどないため、特に透析患者さまではすすめられます。
鏡視下による、カメラを用いた腱鞘切開法
この方法では、約3ミリ程度の切開が二ヶ所できるが、手術侵襲はわずかで、抜糸も5日程度で可能となる場合が多い。
ただし、神経との走行により、挿入が困難だったり、腱鞘の切開が不十分な場合もあり、1センチ程度の切開で手術を行うこともあります。
③透析アミロイドによる
肘部管症候群
(*肘部管は、上腕骨とOsborne 靭帯という靭帯の間のトンネルをさします。)
肘部管症候群の症状・診断
おもな症状は小指のしびれ、痛みです。また、進行すると小指と環指が伸ばしにくくなり、手の筋肉がやせてきます。通常の肘部管症候群と違い、肘関節の変形や外傷の既往などに関係せず発症します。診断には神経伝導速度検査を行い、肘部管での神経の障害を確認します。
肘部管症候群では、しびれがみられるようになったらば、早期に手術が望ましいです。肘部管症候群では、放置すれば進行することがほとんどで、手術後の結果は、より早期に手術を行った場合のほうが良いことがわかっています。
原因
肘関節の内側には肘部管といわれるトンネルがあり、尺骨神経が通っています。尺骨神経は、小指の感覚と指の曲げ伸ばし、握力などに深くかかわっています。透析患者さまではこの靭帯にアミロイドが沈着し尺骨神経を圧迫することが原因で、症状を引き起こします。
治療・手術
透析患者さまの場合には、Osborne靱帯にアミロイドが沈着して、厚くなり尺骨神経を圧迫しますので、手術はOsborne靭帯を切開して、神経の圧迫を取り除きます。
④透析アミロイドーシスに
よる伸筋腱腱鞘炎
(*指を伸ばす腱を伸筋腱と呼びます。 )
透析アミロイドーシスによる
腱鞘炎の症状
手の甲には伸筋支帯と呼ばれる靭帯があります。この靭帯は伸筋腱を上からおさえる形で存在しています。ここにアミロイドが沈着すると、写真のように手の甲に腫れが見られるようになります。ここで、指をのばす伸筋腱の動きが制限されると指が完全に伸展できなくなります。手首をそらすと痛み見られ、立ち上がる時に手のひらをつけなくなり、こぶしをついているため、写真のように指にタコが見られます。
親指をのばす腱のトンネルにアミロイドが沈着すると親指を反らせない、又は親指の付け根が痛いという患者さまもおられます。
手術適応
伸筋腱腱鞘のアミロイド沈着では、手や指がそらない、伸ばせないといった症状みられます。そのため、日常生活の不自由の程度によって手術を決定しています。
治療・手術
伸筋腱腱鞘は6つの区画に分かれています。手術は症状によって、せまくなっている腱鞘を切開して、指の動きをよくすることが目的です。手首をそらすのに障害があれな、第4区画を切開し、親指がそらせないのであれば、第1区画の切開をします。
症状として、手の甲に腫れや指にタコが見られるようになります。
⑤透析アミロイドーシスに
よる肩関節痛
透析アミロイドーシス肩の
症状・診断
透析患者さまの中には横になると肩の痛みがひどくなり、起き上がると肩の痛みが軽くなるという方がいます。また、明け方に肩が痛くて目が覚める、また、透析の終わりごろになると肩の痛みが強くなり、透析が続けられない、といった訴えも聞かれます。
原因
これは、烏口突起と肩峰に付着している烏口肩峰靭帯(うこうけんぽうじんたい)にアミロイドが沈着することにより発症します。肥厚した烏口肩峰靭帯が、上腕骨頭を圧迫して肩痛が発生しています。
治療・手術
ステロイドを肩関節内に注射することで症状がやわらぎます。 疼痛が持続する場合には、烏口肩峰靭帯の切除手術を行います。局所麻酔下に腕の付け根を2〜3センチ切り、烏口肩峰靭帯を切開します。